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役員失格

  • 執筆者の写真: admin
    admin
  • 2018年1月9日
  • 読了時間: 4分

恥の多い役員生活を送って来ました。


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第一の手記


 恥の多い役員生活を送って来ました。

 自分には、役員の生活というものが、見当つかないのです。

 自分は千葉の田舎に生れましたので、社長をはじめて見たのは、20歳になってからでした。  

 自分はプレゼンのピッチを、資金調達するために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは会社の事業内容を外資系コンサル会社みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、作られてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。    

 パワポを立ち上げたり、閉じてみたりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜のした遊戯で、それはマイクロソフトオフィスの中でも、最も気のきいたソフトの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ起業家が資金調達をまたぎ越えるための頗る実利的なソフトに過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。  


 また、自分は、資金繰り懸念という事を知りませんでした。いや、それは、自分が衣食住に困らない会社に新卒で就職したという意味ではなく、そんな馬鹿な意味ではなく、自分には「資金繰り懸念」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。へんな言いかたですが、赤字が続いてても、自分でそれに気がつかないのです。  

 小学校、中学校、自分が学校から帰って来ると、周囲の人たちが、それ、お小遣いが欲しいだろう、自分たちにも覚えがある、学校から帰って来た時の空の財布は全くひどいからな、1万円はどう? ビットコインも、イーサリアムもあるよ、などと言って騒ぎますので、自分は持ち前のおべっか精神を発揮して、お金がない、と呟いて、1万円札を10枚ばかり財布にほうり込むのですが、資金繰り懸念とは、どんなものだか、ちっともわかっていやしなかったのです。

 自分だって、それは勿論もちろん、大いにお金を稼ぎますが、しかし、資金繰り懸念から、お金を稼いだ記憶は、ほとんどありません。ノルマの厳しい仕事を引き受けます。手数料率が良いと思われたものを受けます。また、個人向け国債のような手数料率の低いものも、無理をしてまで、たいてい引き受けます。そうして、リテール証券にいた自分にとって、最も苦痛な時刻は、実に、自社の集計の時間でした。  自分の元いた会社では、十人くらいの課員が全部、めいめいの予算をホワイトボードに書き並べて、新卒の自分は、もちろん一ばん下の座でしたが、その執務の部屋はうるさく、ザラ場の時など、十幾人の営業員が、ただ黙々とし電話をしている有様には、自分はいつも肌寒い思いをしました。それに昔気質の会社でしたので、予算も、たいていきまっていて、簡単に稼がせてくれるお客さん、そんなものは望むべくもなかったので、いよいよ自分は集計の時刻を恐怖しました。

 自分はそのうるさい部屋の末席に、予算未達にがたがた震える思いで金融商品を少量ずつ売り、押し込み、人間は、どうして株式に投資するのだろう、実にみな厳粛な顔をして投資をしている、これも一種の儀式のようなもので、証券マンが日に三度々々、時刻をきめて薄暗い一部屋に集り、その日の売上を順序正しく並べ、売れてなくても売れたと嘘を吐きながら、うつむき、家中にうごめいている霊たちに祈るためのものかも知れない、とさえ考えた事があるくらいでした。

 予算を達成しなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。その迷信は、(いまでも自分には、何だか迷信のように思われてならないのですが)しかし、いつも自分に不安と恐怖を与えました。

 証券マンは、予算を達成しなければ死ぬから、そのために働いて、株を売り裁かなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で晦渋で、そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。

 つまり自分には、役員の営みというものが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。自分の幸福の観念と、社員たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分ではいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。

 自分には、禍のかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負ったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。

 
 
 

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